メンタルを壊して休職した話。無理は、ほんまにあかん。

教員時代の記録

布団から出られへん朝、すべてが止まった

ある朝、いつも通り起きようとした。でも、身体が動かへんかった。布団から出られへん。頭の中には「学校行かな…」という思いだけがぐるぐる回ってるのに、体がついてこん。

母親に電話した。すぐに駆けつけてくれて、そのあとは校長先生や教頭先生も来てくれた。あれよあれよという間に休職っていう形になって、実家に戻ることになった。一人暮らしで頑張ってたけど、もう心も体も限界やった。


初めての担任。責任とプレッシャーが重すぎた

この年は、初めての担任やった。学級経営もうまくいってなかったし、子どもたちの心がどんどん離れていくのを感じてた。

「なんでうまくいかへんねん…」
「自分のせいちゃうんか…?」

そんな思いばかりで、何が悪かったのかすら当時はわからんかった。相談できる人もおらん。初担任やから、うまくいかなくて当たり前やのに、そんなふうに自分を許してやることができへんかった。


担任を途中で投げ出すという罪悪感

休職するってことは、担任としての責任を途中で投げ出すってこと。これはほんまにしんどかった。

「学級を捨てた」
そんな思いがずっと残ってる。
今でも、その学級の子たちには申し訳ないという気持ちが消えへん。


実家での1年間。やっと見えたこと

実家で1年、じっくり休んだ。
仕事から離れてみて、ようやく自分の状態を冷静に見られるようになった。

当時は、常に交感神経が優位な状態やった。頭の中は仕事のことばっかりで、寝ても覚めても心が休まってなかった。

今思えば、あれは潰れて当然やったなって思う。
初めてにしてはしんどい仕事量とプレッシャーやった。


復帰への決意。もう一度やってみる

辞めることも考えた。
でも、運動して健康を整えていくうちに「もう一回だけやってみよう」と思えるようになった。

復帰するのは、めちゃくちゃ怖かった。
でも一歩踏み出して、再び教壇に立てたことは、ほんまに嬉しかった。


最後に伝えたいこと

教師の仕事は責任も重いし、ほんまに大変や。
でも一番大事なのは、自分自身の心と体や。

気づかんうちに壊れてること、ほんまにあるから。
周りには見えへんけど、心が悲鳴を上げてるときがある。

無理しすぎんといて。
しんどかったら、逃げてええ。
休職も、有給も、辞めることも、「甘え」なんかやない。

生きてるだけでええんや。
自分を大事にしてな。


どうやろか?内容調整したり、もうちょっと付け足したいところがあったら遠慮なく言うてや。このあと画像も「男性」で作れるで。やる?

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